いつものように足を動かし、鍵を探り出し、差込み、捻る。ドアノブに手をかける。無意識の動作を繰り返すはずが、続きを中断させられてしまった。朝、家を出た時との相違点、たとえば部屋の明るさだとかヒールの靴だとか。

「進さん、おかえり」

この声だとか。

「…ただいま」

いつもは言う相手の居ない言葉を返す。パタパタと足音を立てながら近づいてくる彼女。
「電話で声、枯れてたから、あの、その…来ちゃい…ました」
申し訳なさそうに、所在無さそうに口にする。俯いた視線からは、はっきりと読み取れない表情でも、予想はついてしまう。叱られる前の子供の顔だ。

…おまえなぁ…」

いや、確かに言ったはずだ。喉を痛めた原因も。今の仕事も内容も会話に出ていた。それも、何度も。

「別に風邪引いたわけやないで?」

再度、念を押すように伝えてみる。心配して、ここに押しかけようとする彼女を電話越しに引き止めたのは昨日の事。新人研修の教官になったからだ、と説明したのも昨日の事。

「うん、進さん、おうどん好き?」

返事と取れない返事を返され、言った本人は返事を待たず、もうキッチンへと帰ってしまった。床に無造作に置かれているロゴの入った安っぽい袋からはのど飴が覗いて見えた。それから生姜とレモンも。

「…わかりやす」

やっと靴を脱いでからそれを拾い上げて、聞こえないようなトーンで口にした。食欲をそそる匂いがする。まだ気温の高い季節だというのに。


ーたまごも入れてや」


言うと彼女は笑顔で返した。




報酬はアナタがいい





(06.12.14)

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