急に動いた気配がしたから思わず、視界の端で映った影を追ってしまった。振り返ると目が合ってしまった。待っていました、と云わんばかりの期待を込めた視線に思わず、気づかない振りでさりげなく首を元の角度に回して戻してしまえばこの後起こるであろう煩わしいあれこれを回避できるのではないかと考え、それがいい、そうしようと行動に移す前に僅かな差で間に合わなくなってしまった。
「星野くん、」
 中途半端にほんの少しだけ元の角度に動いた首から効果音が聞こえてきそうだった。仕方がないので体も少し捻らせて、首から嫌な音が出ないように努力してみた。
「どうしたの?」
「充電させんね」
 イヤホンをくるくると指に巻きつけ、ぐるぐると回していた。メグルは、どこへ行くにもそれを持っていて、ここへ来るにも持っていた。
「アイポットきれた」
「・・・そこのコンセント使いなよ、空いてるでしょ?」
 断る理由も特にないので部屋の隅の、彼から最も近いそれを指差した。
「そんなことも知らんとね、星野くん」
「なにが?」
「それには刺さらん。そっち」
 真正面に居る自分を指差された。先を追うと閉じたままのパソコンがある。無理に捻った首から開放されて楽になった。断る理由も特にないので、また彼に向き直った。
「・・・すきにしていいよ」
「星野くん充電器持っとると?」
「そんなのある訳ないでしょ」
「取ってくる」
 それなら自分の部屋に帰ればいいのにと、いってらっしゃいと見送った。充電器を持って、それからまた帰ってくると宣言だけを残し、靴だけを履いて行ってしまった。少なくとも、彼にとって取りに帰る労力が惜しくない程にはこの場所を気に入っているようだ。とりあえず、とパソコンの電源を入れることにした。起動音が静かな部屋に響いた。彼の青いアイポットのためにプリンターに繋がっていた線を一本引っこ抜いた。もしかしたら、この部屋の持ち主としてここに居る自分もそれなりに気に入られているのかもしれない。




とめどなく、よしなしに、
おこのみで




 そこまで考えたところで扉の向こうで靴音が聞こえた。出て行くときと同じ足音。先ほどよりもほんの少しだけ早く近づいて来る気がして、でもそれはきっと気のせいだろうと思うことにした。

 おかえり、と言う心の準備だけをして置き去りにされた彼の愛しい無機物を睨んだ。





(07.06.30)

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