突然のコール音。発信源は見なくてもわかっている。こんな非常識な時間にかけてくる先は、思いつく限りひとつしかない。
液晶画面を開き、通話ボタンを押す。二、三言葉を交わして、少し乱暴にそれを閉じた。

「悪いな、行って来るわ」

くしゃ、と彼女の長い髪を混ぜる。不安と寂しさの混じった顔を見下ろして、謝罪の意味も込めて。
外出用の服に着替えて、外していた時計をはめる。見ると時間は深夜の少し手前を指していた。どうやら今日は徹夜らしい。

「…あ、進さんちょっと待って、」

残すは靴を履くだけとなって、隔てきれない冷気を感じる場所まで来た時。自分と同時にソファから立ち上がったが戻ってきた。足音をあげながら。

「はい。うん」

手にしたそれはがしていたマフラー。淡いピンクのそれは、見るからに暖かそうで。
彼女はひとりで納得するようにうなずいて。くるくると長いピンク色を巻きつけられてしまった。

が帰るとき寒いやんか」

今、奪って行ってしまうと、残された彼女の分はなくなる。お気に入りだ、と言っていたそれ。

「すぐ、返してくれるでしょ?」

さも当然、と言い放って。やわらかい笑顔を向けられた。
「進さん、気をつけてね、いってらっしゃい」

言い返すより先に言われてしまった。返す言葉はひとつしかない。

「おう。行ってきます」

こんな見送りも悪くないな、と遠い、だけど近い未来を想像して。描くその場面には彼女しかいなくて。
その時は陽の光でいっぱいだろう。



幸せのにおい



ドアを開ける。冷たい暗闇に晒される。星を尻目にそう、思った。




(06.12.21 拍手ログ)

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